白銀埼灯台
- 2013年3月2日
- 宮城県白銀灯台
旧雄勝町にある白銀灯台を訪れました。
![休業中のホテルの駐車場](03/hakugin/dsc02478.jpg)
県道から脇道に入るとほどなく広場があります。
この先には休業中のホテルがあります。
![休業中のホテルの駐車場](03/hakugin/dsc02479.jpg)
本来はホテルの駐車場なのだろう。
車を止めて岬に向かいました。
![灯台への案内表示に従って遊歩道へ。](03/hakugin/dsc02480.jpg)
遊歩道。
轍から軽トラは日常的に通行していると思われる。
![雑木林の中を歩きます。](03/hakugin/dsc02482.jpg)
白銀神社参道入口。
ここまで車道。離合ポイントはないものの道幅は普通車でも行けそうな感じでした。参道手前には転回スペースもあります。でも、灯台まで歩いても15分くらいなのでわざわざ危険を冒して車で進入することはおすすめしません。
![鳥居があります](03/hakugin/dsc02483.jpg)
最初の鳥居。
![注意書き](03/hakugin/dsc02484.jpg)
神社境内付近から草木、石などを持ち帰り災いを受けた例が少なからずあります、とのこと。何それ怖い。
![赤い鳥居があります。](03/hakugin/dsc02485.jpg)
昭和58年奉納の鳥居。
参道脇の石灯籠がバラバラに崩れていました。
東日本大震災の被害はここにも・・・。
![白銀神社](03/hakugin/dsc02486.jpg)
白銀神社。
![鐘撞堂](03/hakugin/dsc02487.jpg)
鐘撞堂。
![白銀神社の由緒](03/hakugin/dsc02488.jpg)
白銀神社由緒。
後学のため転載します。
当社は和銅年間百済から帰化した王敬福陸奥守に任ぜられ奥州巡行の折、牡鹿郡金華山を詣でたとき新山の海人、海底より大巳貴形の石を採り献じた。王敬福それを御覧になり「これ白銀なり、白銀大明神と芳斎すべし」との命により郡人五本松と言う岬に社を造り奉祀したと伝えられている。
応永三十一年の古文書に白銀の宮と記されており、京都伏見稲荷神社より正一位を授けられている。仙台藩主代々の崇敬篤く伊達忠宗、吉村、宗村の諸公、白銀崎山追鹿狩り出駕の砌り当社に参詣日和祭りを行い奉幣のことがあった。(社蔵文書)現在の本殿は文化二年の建造で社殿は再度造営され現在に至っている。明治五年十一月に村社に列せられた。
祭神 金山毘古神 金山毘売神
例祭日 旧三月十九日 新九月十九日
昭和五十八年九月十九日
雄勝町
![芳名帳](03/hakugin/dsc02489.jpg)
参拝し、芳名帳に記帳しました。
拝殿はきれいにペンキが塗られていて、内部もよく清掃されているようでした。氏子からの信心が篤い良い神社ではないかと思われます。
![白銀埼灯台](03/hakugin/dsc02491.jpg)
白銀埼灯台。
灯質は群閃白光、光到達距離は12海里(約22.2km)。
![敷地内の様子](03/hakugin/dsc02496.jpg)
入口の様子。
![灯台から見た太平洋](03/hakugin/dsc02493.jpg)
灯台より果てしない太平洋。
灯台は切り立った岬の先端にあります。岬は他に訪れる人も無く、ただ風の音が聞こえるばかり。雄大な自然を感じられる隠れた名所だと思いました。