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妙見山

基本情報

山名 妙見山(みょうけんやま)
標高 777m
所在地 福島県須賀川市守屋
位置 37度21分0.85秒, 140度13分7.48秒
山系 奥羽山脈
百名山 -

アクセス

車(下郷町~鳳坂峠~長沼~郡山市)

タイムチャート

12時00分 登山口
12時20分 木の鳥居
12時45分 山頂
13時00分 登山口

評価

評価 ★★☆☆☆
難易度 ★★☆☆☆

感想

妙見山は郡山市と須賀川市の境界にある山です。山頂には飯豊和気神社が鎮座していて往時は参拝客で大変賑わったとのことです。現在も氏子が定期的に管理を行っているようです。

登山道は中腹まで延びている車道(牛道)を歩きます。三方向から林道が出会う車止めから道が急勾配になります。現在は台風大雨被害により路面状況が悪化しているので麓から徒歩で登る必要があります。

山頂は四等三角点が設置されています。
しかし立木が生長したため展望はありません。

現地資料による妙見様の謂われを転載します。秋祭りやお籠りなどについても書かれていて民俗学的な興味を引きました。

大昔相馬の方から比丘尼が尊像を背負って村々を勧化して下守屋(当地の三穂田下守屋)の一番高い山にある飯豊和気神社に尊像を奉納されたのである。その名前が妙見様でその名の通り女の山である。比丘尼はこの地で亡くなる。妙見山麓にその墓がある。また社宝として宝玉一個、神鏡が一面、太刀が二振あったと伝えられる。太刀の一振りは会津城の主の加藤式部小輔が奉納したものだと伝えられる。宝玉は奥の院にあったが無人の為に無くなったのである。例祭は旧の3月24日、9月24日であったが今は4月24日に秋祭りは9月の敬老の前の日である。昔は秋祭りは2日にわたり神輿の渡御(とぎょ。みこしが進むこと)があり、飲んで歌って楽しんで過ごしていた。また春祭には前の日の夕刻までに山頂し、拝殿で夜籠りをし、翌朝神官の祈祷をうけてから下山する。夜籠りの夜に不思議な現象「御籠燈」(ごりうとう)をみることができる。無数の光の玉が少しずつ登ってくる。南東の神社下の沢からである。青白い光の玉で大きさは2~3cmである。晴天の時より曇って湿度が高く気温が上昇する夜に多く見られる。

下守屋神社奉賛会

※一部要約あり

写真

県道29号から登山口への入口です。
写真奥が長沼方面です。
舗装された農道になります。

旧・妙見山の看板。福島の山々を取り上げている某サイトにも掲載されていますが現在は破損してしまっています。

電気柵のある畑の間を通ります。

途中に石鳥居があります。
参道は車道と交わりながら山頂へ続いています。

駐車スペース。
この先は砂利道の林道になります。

台風被害のため倒木や土砂流出あり。林道は通常なら4WD車で上がっていけますが当面の間は通行不能でしょう。ジムニーや軽トラなら余裕です。洗掘区間があるのでライン取りに不慣れな林道初心者はおすすめできません。

砂利敷きですが一部泥濘みあり。
スタックの危険があります。

謎の看板です。
201林班ということか?

道幅は広いです。

木の鳥居があります。
車道は右に巻いていきます。

三方向から林道が出会う広場。ここが本来の駐車スペースとなります。この広場には石碑が散在しています。

石碑のひとつに「盥盤(たらいばん)」と刻まれたものがあります。昔は手水場があって身を清めてから参拝したものと思われます。

九十九折りに斜面を登ります。
勾配がきついです。

南斜面は日が当たって明るい。

神社が見えてきました。
もうすぐ山頂です。

飯豊和気神社(いいとよわけじんじゃ)。

724年創建とされます。
延喜式内小社です。

1981年に新築した時の記念碑。

拝殿の前に芳名帳があります。
神社の由来を書いたプリントが入っていました。

手書きの妙見山の地図。現在は失われた鎖道が描かれているなど地元の人による第一級の資料です。資料によると鎖は第二次世界大戦中に供出したそうな。

拝殿の裏の小高い場所にある四等三角点と境界杭です。

山頂にある”山”の杭。
昔の山林境界杭だろうか?

山頂からの眺めはありません。

山頂から見た拝殿方向です。